「みんな違ってみんないい」のみんなに「私」が入っていなかったことに気がつかされた本「他人支配」をやめると幸せになる

読書
この記事を読むのに必要な時間(推定): < 1

ちょうどこの本を読んでいる時に人間関係の問題にぶつかった。解決はしていない。というよりも、残念ながら音信不通になってしまったので、もはや私からはどうしようもないのだけれど。悲しい気持ちはぶり返すが、この本を実践して少しずつ前に向けていると思う。私が特に自分の状況で気がついたのは、表題通り、「自分も違っていい」ということを忘れていたことだ。私は自分の意見ははっきりと伝える方だけれども、最終的には相手に迎合することが多かった。ただし、ちゃんと受け入れていたかというと納得しないままだった。私はこう思うけど、まぁいいよとなっていて、ずっと心の奥底に不満があったのだと、今考えるとそれがストレスになり態度にも出てきたような気がする。ずっと私の方が我慢しているのに……と。結局、ずっと不満がくすぶり続けていたのは、そこに自己不一致があったからということに気がついて、「みんな違ってみんないい」の「みんな」に、きちんと自分を入れようと思うきっかけとなった本。

「事実というものは存在しない あるのは解釈だけだ」ニーチェ


まさにこのニーチェの言葉が全てなのかもしれないなと全編を通して感じたこの本。

他人支配とは言葉通り、行動や言動で他人を支配=コントロールするということ。行動に起こさなくても、心で思うだけで他人支配で、「他人支配はやめるべきだ」と思うだけで他人支配となってしまうという、一見すると矛盾にも感じることが書かれている。

仏教的なことも書かれていて、人生とは「どれだけ寛容となれるか」「どれだけ優しくなれるか」を追及することだという。また苦しみの正体とは自己現実と自己概念のギャップで、欲求が苦しみの元なのだとのこと。だからこそ友だちは切り捨てるものではないし、他人支配をやめて感謝すると言うことが大事。

と、文字でまとめて書くと、何を今さら…というか仏教?宗教?と思えてしまうのが残念だけれど、読みやすく分かりやすく書かれていて、入門書としては最適なのではないかと思う。また実際、私のように悩んでいる人にも良いことは、私自身が実感している。

ちなみに以下はこの本を読みながら描いたMindMap。iPad Kindleで読みつつ、コンセプトというペイントアプリで。すごく描きやすかったんだけど、読み返しにくいので、今はまたアプリを変えてみている最中。そのうち、そんな記事も書きたいと思っている。

読書時のマインドマップ

改めて感じた「変えられるのは自分だけ」

冒頭に書いたとおり、私は知人から切り捨てられるという状況に、ちょうどこの本を読んでいる最中、出会った。

きっかけは些細な意見の相違。「こうすべき」と言ったつもりはなかったけれど、そう捉えられてしまったのかもしれないと今は思う。まぁこのところ意見が対立することも多かったし、私が腹を立てることが多かったのも事実だ。どれだけ反省しても、悔やんでも、もう、こちらから連絡がとれない以上、どうにもできない。もう連絡がとれないことが悲しいし、自分を分かってもらえなかったこと、認めてもらえなかったことが悔しい。

そう、欲求の塊(苦笑)承認欲求でしかない

で、とりあえず、この本を実践してみた。泣いて泣いて泣いて(笑)まずは上に書いた通り、自分の思いに向き合った。「承認欲求は良くない」「承認欲求は格好悪い」そう今まで公言していたので、承認欲求の塊の状況を認めるのはイヤだけど、ちゃんと認めて、悲しい、つらいって言うのも味わい尽くして。この記事の下書きにとも思って、マインドマップにしながら、状況を見直してみた。

それがこのマインドマップ。ちなみにこっちは、MindNodeというアプリ。Mac版のを使ってみた。MindNodeとMindMeisterが基本は気に入っているけれど、最近はMindNodeが多いのはiPad読書用で使っているからかも。

下書き用マインドマップ これで自分の状況を改めて見返した

結論は……やっぱりどうしたって「変えられるのは自分だけ」ということ。連絡が取れない以上、悔やんでも悲しんでも求めてもどうしようもないし。

つらくても状況を受け入れて、自分を磨いて成長していく。そして次、似たようなことがあったときには、きっと成長していて違う対応をすればいい。

ただ、前に向くにはこの考え方は私には合っているんじゃないかなとも思っている。

「みんな違ってみんないい」には「自分自身」もいれないと!

あと一つは冒頭にも書いた「みんな違ってみんないい」。ちなみにこれは去年仕事で関わったNHKの発達障害キャンペーンのキャッチフレーズ。ダイバーシティの今、みんな違ってみんないいんだと、この本の中ではあなたの考えもいいし私の考えもいいとある。これまでの私は「あなたの考えもいい」と示すために、つまり、「みんないいと思うべき」と私の中にありすぎて、自分の意見は言っても結局は相手の意見を通していた嫌われたくない、好かれたい、そういう思いもあった。と、今はそれも認められる。

つまり「みんな違ってみんないい」のみんなには、自分は入っていなかったんだ。今回「みんな」に自分が入っていることに気がついたまでは良かったんだけど、それでwin-winになるように考えたときにはもうすでに遅かったけどね。でも、自分をずっと大事にしていなかった。相手の意見ばかり尊重して自分は我慢してばかりいた。そう「我慢」だったんだ。相手を受け入れたつもりになっていたけど、ただ「我慢」していただけで、つまり自己不一致のまま、心の奥底に不満をくすぶらせてずっといたってことに気がついた。きっと、そういう不満を募らせていた私は、そういう不満が態度に出ていたとも思う。我慢してあげている、そんな風な態度だったんじゃないかな。

まぁそんな後悔は置いておいて、自分の意見もいいんだ、自分の考えもいいんだって思った時、はじめて本当に他人にも優しくなれた、そんな気がする。承認欲求を他人に求めるんじゃなくて、自分で自分を承認したから、ちゃんと承認欲求が満たされて、はじめてちゃんと他人と向き合えるようになった

「理不尽」な時はどうすれば??

この本の中では「理不尽」な状況に出会っても一度受け入れろとあった。そこが最初、私にはピンとこなかった、というよりむしろ、無理でしょ!と思ってしまった。そこで上のマインドマップでそれも考えてみた。

例えばセクハラやパワハラに遭ったとき、どう受け入れればいいのか。「セクハラがあってもいいよね」いや、そんなこと思えるわけがない!!

例えば同じ立場の同僚と賃金は同じで仕事量が明らかに違うとか。「賃金が違っても良いよね」とか、「仕事量が違ってもいいよね」、なんて思えるわけがない。

でもこれこそ「べき」な考え方。「仕事量が違うなら賃金は違うべき」「上司はパワハラをすべきではない」「セクハラは存在すべきではない」いやまぁこの辺は犯罪でもあるから、そうなんだけど……。つまり一度「そういう人もいる」「そういう場合もある」というよりも、今、現実「セクハラにあっている」「パワハラにあっている」「仕事量が違うのに賃金は同じ」状況であるとまず認めればいいんじゃないだろうかっていう風に思った。

つまり「そうすべきではない」という「ジャッジを外す」ということ。

この辺の自己一致に関してとても分かりやすく書いてあったサイトがこちら

・メタ認知で自分の感情を俯瞰してとらえる
・それをジャッジしない、評価しない、解釈しない、ありのまま捉える

〝自己一致〟とは何か?

「セクハラがある」 「パワハラがある」 「賃金同じ」
まずこの現実を受け入れる。
マインドマップを描いていて思ったのは「セクハラされている」とか「被害者」として考えてしまうと恐らくうまくいかないのではないかと思う。まぁ、実際、私もパワハラにあっていたことがあるのだけど、あの時、そんな風に考えられたかというか、なかなか難しいだろうなとは思うけれど。

その上で、どうすればいいかを考える。自分はセクハラがイヤだからどうすればいいのか。上の上に訴えるのか、当の上司と話し合いをするのか。

で、本の中にあるもう一つの要素は「感謝」の気持ち。セクハラにはもちろん感謝は出来ないけれど、本当にその上司は、その人は全てにおいて悪いのか、感謝できることは無かったのか、会社に対してはどうか、少し見つめてみるのもいいのかもしれない。

ちょっとした落とし穴

ここで注意!というのは私だけかもしれないけれど、私が陥りそうになったのは「感謝すべき」と思ってしまうこと。「感謝すべき」だから感謝する。悲しい自分を見つめないまま「感謝すべき」だから感謝しようとすると、自己不一致になってしまう。だからあくまでも、自分の気持ちを見つめて、味わい尽くしたあとに感謝って気持ちにならないと、義務感で自己不一致に陥るなと感じた。

少なくとも私は今、時々ぶり返す悲しいとか悔しいとか、喪失感とかにはおそわれるけれども、それでも自然に感謝の気持ちがある。楽しいこともたくさんあって、一緒に経験したこともたくさんあって、それを一緒に感じられて嬉しかったし、そういう時間をもらえたことに感謝している。だからこそ悲しいけれど。

パワハラ上司に出会ったこともあった。そのパワハラ上司もパワハラにあっている時はそのことでいっぱいだったけど、その人自身の考え方に興味深いこともあったし、私が興味がないことに興味を持つ人だったから、新しいことを知るきっかけももらった。そういう意味では全てイヤなわけじゃなかったし、感謝の気持ちもある。

つまりは、多面的に見て、広く大きく俯瞰して見るということが大切なんだろうと思う。ただ簡単なことではないなとも思うけれど。

この本を読んでのActionは?

まずどんなことでも

①自分が感じていることをたっぷり感じる
 ネガティブな感情だったとして、ぶり返してもその都度感じる、味わう
 「べき」と思う自分も認める
 どんなにダメでも、他人支配していても自分を否定しない 解釈しない(ダメなやつとか、みっともないとか)

②それを感じた上で、「ああ、今、自分はこう思っているんだな」と思う=メタ認知
 →そうすると冷静になる

③→この自分の感情もいい この状況もいい(こんな状況だ)と現状も認める
 あくまでも解釈しない
  → 冷静になったら、感謝する面も含めて俯瞰して見る
   →「みんな違ってみんないい」に立ち返る
     →他人に寛容になる
      →「べき」に気がつく
     自分から「自分への」べき。他人から「自分への」べき。自分から「他人への」べき。
     他人支配もしない 自分支配もしない

④解決策を探る
 どうすれば解決するのか、自分がどう動くのか。結局、変えられるのは自分だけ。
 状況を変える努力を冷静にするのか
 自分を磨くのか
 新しい目標を作ってそこを目指すことなのか
 過去に向くのでは無く、「今」「自分が」できることを探していく。

Book Keyword

・「事実というものは存在しない あるのは解釈だけだ」ニーチェ
   ちょっと極端だとは思うけど、事実はあるような気もするし…。

・「みんな違ってみんないい」(自分も含めて)

・「影響できるのは(変えられるのは)自分だけ」

あといろんな幸せについての本を読んでいる最中だけれども、人が幸せになるのは一人じゃ無理という本が多い。人は人と関わってこそ幸せなのだと。この本にも友人を簡単に切り捨てるのはよくないとあった。それがストレスになる場合はそのいかんではないがと。ストレスだったんだろうなぁ(苦笑)申し訳ない。とりあえず、とはいえ、前に進んでいくしかない。もう同じ間違いはしないように、戒めていこう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました